北山紫仙の落し物。

Illustrator 北山紫仙のブログです。

ども。北山です(・ω・)ノ
最近思うんですが、震災支援にアツ〜〜〜い人達を見てると、なんか違和感を感じてしまう自分もいたりして複雑だったり。
・・・と書くと、誤解されそうなんだケド。
なんちゅーか、感覚の違いってヤツ? みたいな?
えーと。日々、感覚でしか動いてないよーなヤツなんで、言葉にするのって難しいし上手く伝えられるかどーかわからないのだケド。
えっと。
あたしは元々、ボランティアだなんだってのを冷めた目で見てるってゆーか、斜めに見てるトコがあって。
そんなあたしでも、何かをせずにいられないと思わせた震災は、その悲惨さを物語ってる気もする。
だけど、ボランティアってゆーのは、金銭的・精神的に余裕がないと出来ないと思ってるし、自身も含め冷静に物事を見て進めなければならないのでは? と思うのですよ。
あたしの感覚では、この震災への支援は、ホントに中長期的にやっていかなければならないコトだと思うのね。
でも、あたしの性格上、一気に燃え上がってアツくなると持続力がなくて、あっとゆー間に燃え尽きちゃうのがわかってるから、温泉卵状態をキープしようと努めてるのね。
ん〜・・・温泉卵状態、わかるかな? えっと、『肩の力を抜いた状態』のほーがわかる?
えっと。
だからこそ、今の『炊き出しだ』『支援だ』なんだと皆が皆言ってる状況ってゆーのが、異様に見えて来ちゃって。
『支援』とゆー名の流行り病に罹ってんとちゃうか? とも思ってしまう。
はいはい。きっとコレに異論アリな人は多いでしょう。
でもね。
今、そんなに一生懸命になって、ソレを続けて行けるの? と、思ってしまうワケですよ。
自分の生活に支障は出ませんか? その余裕を保っていけますか? 長く続けていけますか? と。
燃え尽きたりしませんか? と。
それに、被災地の状況は刻一刻と変わって行ってる。
その状況に合わせた支援をしていかないと意味ないじゃない?
自己満足で『支援』をしてませんか? と、問いたくなるワケですよ。
救援物資だって、季節や自然の営みは休むコトなく動いてる。そのコトも考慮に入れて送らなければ、それはただのゴミを送ってるのと一緒。それも、返せないし捨てられないゴミ。
・・・極論かな?
でも、だからこそ冷静に状況を見極めて行きたいと思うのね。
助けたいと思うから。
そう思ってるから、今の支援にアツい人達を見てると、ちょっと引いてしまう。
自分の出来るコト、出来る範囲で良いじゃん?って思ってるから。
だケド、あたしにはその支援にアツい人達がナニを考え、何を思って動いているかわからないから、引いてしまうってのも事実。
・・・難しいね。
でも。被災地の復興を願う心は、一緒なんだよね。うん。